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主観的な定義

人間と話していると言葉の定義が共通認識になってないまま話が進んでいるなと思うときがある。例えば「マネジメントする」とか「シニアエンジニア」みたいな言葉がでてきた時に、お互いがなんとなくこういうものであろうと思いながら話すみたいな。

「マネジメント」は辞書に載っているような客観的で説明的な定義があるわけですが、人はそれぞれ経験してきたことや考えによって主観的な「マネジメントとは」を持っている。なんらかのマネジメントをしている人で「マネジメントとは」なんかないよという人は、ただ言語化されていないだけだと思う。

また「シニアエンジニア」は会社によって定義は異なる。キャンペーンサイトをたくさん作るAという会社は「シニアエンジニアとは、とにかく早く顧客にキャンペーンサイトを提供出来るエンジニア」と言えるのかもしれないが、長く運用するWebサービスを提供するBという会社は「シニアエンジニアとは、早く顧客に価値提供出来ることに加えて、訂正しやすく作ることが出来るエンジニア」となる。会社にとって嬉しいのはこうだからこうあってほしいという経営の意思が含まれている。

人間は意思を持って活動しているから労働の中ですべて客観的な定義だけを使うのは無理だと思う。むしろ組織では意思を込めた主観的な定義を共通認識と持ち活動する必要がある。

そして主観的な定義は、共通認識にしようとしない限りは共通認識にはなり得ない。また1度言うだけでは共通認識にはならない。主観的な定義をすること、共通認識とするために継続的に活動することが意思を持つ人/持つべき人の仕事の1つではないかと最近思っている。(主観的な定義で〆)

hisaichi5518.hatenablog.jp

主観的な定義とは、思想とも言えますね。