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クソにはクソと言う文化

自分はソフトウェアエンジニアとしてクソにはクソと言う文化に囲まれて育ってきたような気がする。「マサカリを投げる」や「椅子を投げる」という言葉がよく使われていた時期もあった。

ここでいう「クソにはクソと言え」というのは「問題と認識したらそれは問題であると言え」ということである。*1これはつまり節度ある社会人的な言葉で言えば「問題提起しましょう」ということだと思う。

問題提起されなければ、問題に気付いてるけどずっと問題に苦しむことになる。起きている問題はそのまま放置されて、メンバーは問題や改善を通して学びを得ることもない。いわゆる学習する組織ではない状態で、その状態が続けば問題提起する気力はなくなった無気力状態になっていたり、その組織に所属する意味がなくなっていくのだろうと思う。

一方で問題提起は難しい。問題を提起したら「自分が問題解決まで導く必要があり負担が大きい」とか「問題提起しても誰も反応しない」とか「問題提起することで誰かを責めたことになる」とか「問題提起と改善をしても評価されない」とか「そんなことしてる場合じゃないと言われる」などだるいことが起きるのが容易に想像出来るし、これらを倒す気概を持って問題提起をするのにはかなりパワーが必要である。

だからこそ、まずは問題提起をしやすい場を用意し「問題提起をしてもいいのだ」という認知を作る・変化させることが非常に重要で、自分はその場こそがふりかえりだと思っている。

例えば、ふりかえりの手法の1つであるKPTは、問題だと感じていることを付箋として見える化し、それについて話す。みんなで話すことで「問題だと思ったことについて話していいのだ」と思える状態になり、それを繰り返していくことでどんどんと言える状態へとなっていく。

文化はただ待ってるだけでは作られない。このような認知を変える活動を継続して続けていくことで、クソにはクソと言う文化が作られていくと思う。

*1:ちなみに「クソにはクソと言え」は伝え方の話はしていないと自分は思っていて、おはぎレビューにも書いた通り、伝える時は言葉を選ぶべきだと思っている